特集
2013 Mar.29
Dream & Passion
~輝ける女性たちの肖像~ Vol.3
-ドッグトレーナー 中西典子から学ぶ夢に向かって突き進むヒント-
キャリアチェンジの時に意識するもの!?意識したことはありません!
自分らしく活き活きと働く、素敵な女性たちを紹介する「Dream & Passion」。
第3回目のゲストは、これまで1,500頭以上の犬の問題行動改善に取り組んできたベテランドッグトレーナーの中西典子さん。Doggy Labo代表として、犬のしつけ・出張トレーニングを行っています。もともと美術大学で舞台芸術を学び、その後、渡米。帰国後は英会話講師や外資系企業での広報、ショット・バー経営を経て、犬訓練士の資格を取得。シドニーでの研修を受けた後、ドッグトレーナーとして2002年から仕事を始めました。さまざまなキャリアチェンジを経てきた中西さんに現在のお仕事に就いたきっかけ、今後の抱負などをお伺いしました。
- 聞き手:
- スルガ銀行d-laboスタッフ 和智あゆ美
きっかけは愛犬ロックをセラピー犬にしようと思ったこと
d-labo中西さんは、経歴がユニークですね。まずは、ドッグトレーナーになったきっかけを伺いたいと思います。もともと犬が好きだったのですか。
中西子どもの頃から犬が大好きで、家で飼っていました。社会人になってからは仕事や遊びに忙しくて、しかも一人暮らしでしたから、犬と暮らしたくても世話する余裕がありませんでした。外資系企業を退職し、ショット・バーで雇われ店長をしていた頃は、仕事が終わるのが深夜3時頃、出勤が夕方過ぎですから、昼間が自由時間だったんです。しかし、友人たちは会社勤めをしているので遊び相手がいなくて、ヒマになりました。そこで、犬を飼ってみようか…と思い立ち、信頼できるブリーダーさんからミニチュア・シュナウザーの子犬をゆずっていただき、その子犬をロックと名付けました。ロックは私が責任を持って飼った最初の犬です。
d-labo久々の犬との生活はいかがでしたか。
中西ロックの賢さ、可愛らしさ…。犬との暮らしがこんなに楽しいとは…。犬のしつけの面白さにもハマってしまった私は、読んだ本の影響で、ロックをセラピー犬にしたいと思うようになりました。そこで、ロックを家庭犬の訓練所に預けようと思ったわけです。実際に足を運んだところ、その費用は高額でびっくり。すぐにあきらめました。その時に、訓練所で犬訓練士を養成していることを知り、自分が訓練士になってロックをトレーニングしようと思ったのです。
d-laboそれで犬訓練士の養成所に入られたわけですね。働きながら通われたのでしょうか。
中西後になってわかったのですが、実はセラピー犬にするためには犬訓練所に入所させる必要がないのです。この当時は全く知りませんでした…。今となっては大きな勘違いだったのですが、昼は養成所に通い、夜はショット・バーで店長として働きました。仕事と学業との両立がキツクなってきた頃、店長の契約期間が終了したんです。学業に専念するには、生活費と学費を捻出しないといけません。そこで、いろいろ考えた結果、居酒屋などにアルバイトに行くよりも自分でショット・バーを経営したほうが採算がとれるという結論になりました。これまで貯めた蓄えを元に、新宿にお店をオープンさせました。店舗物件を借りるため、500万円の権利金を払った記憶があります。
d-labo生活費と学費を捻出するために、自分でショット・バーを始められたとは驚きです。犬訓練所には何年くらい通われたのですか。
中西1年ぐらい通学し、認定試験を受け、犬訓練士のライセンスを修得しました。そのまま訓練所に入所し勤務することになったため、結果的にはショット・バーは9か月でクローズすることに。手元には貯めた300万円が残りました。犬訓練士として働き始めたのですが、収入は以前の半分ぐらいになり、毎日の生活が大変でした。その訓練所には見習い期間も含め、2年ぐらい勤務していたでしょうか。次第に「体罰」によるしつけに疑問を持つようになり、辞めてしまいました。
理想的なしつけ方法を学ぶためにシドニーへ
d-labo犬訓練所を辞めてからはどうされたのですか。
中西次の修業先はインターネットで探しました。犬の問題行動に困っている飼い主さんをアドバイスするサービスを行っている団体がオーストラリアにあることがわかり、幸いにも代理店が日本にありました。そこは体罰ではなく、おやつをあげて犬のしつけをするスタイルだったのです。約140万円を支払い、3か月の研修を受けるためにシドニーへ行きました。家族は心配しましたが、そこには素晴らしいスタッフが待っていました。レッスンでは飼い主さんのお宅にお邪魔し、愛犬の状態と飼い主さんとの関係を分析しながら、問題点を探し出し、カウンセリングしていくことを学びました。
d-labo日本の訓練所とシドニーの研修先で学んだことの違いは何だったのですか。
中西日本の訓練所では、犬を訓練することだけを教わったのに対し、シドニーの研修先では飼い主さんが愛犬をきちんとしつけできるようアドバイスをすることを教わりました。1日5件くらい飼い主さんのお宅を訪ね、研修中に約160件訪問できたことは私にとって貴重な体験となり、今の仕事に大変活かされています。
d-laboドッグトレーナーは犬をトレーニングする仕事だと一般的に認識されていると思いますが、中西さんのお仕事について具体的に教えていただけますか。
中西私のメインワークは、飼い主さんのお宅に伺い、犬の問題行動を改善するために飼い主さんと話し合い、その方法をアドバイスすることです。多い時では1日3件訪問し、1頭につき60分のカウンセリングを行っています。私が飼い主さんとお話しする時に大事にしていることは、人間と犬は「種(しゅ)」が違うということを理解していただくこと。例えば、トイレの失敗に悩む飼い主さんがいらっしゃったら、「種が違うため、もともと犬にはトイレという概念がありませんから、どこでも好きなところにするのが自然なのです…。しかし、犬に頼めば、用意した場所にしてくれます。そこでしてくれないということは飼い主さんのお願いの仕方にも問題があるのでは…? 」というような流れでお話をし、トレーニング方法をお伝えしながら、一緒に問題解決をしていきます。
また、サイドワークとしてはK-9(ナイン)ゲームというチームトレーニングを行っています。K-9ゲームとは、愛犬との生活に役立つしつけの要素が9種目入っているゲームのこと。かけっこやボール投げなどのゲームを飼い主さんが楽しみながら犬のしつけを続けられるのです。
d-labo 今日の取材場所となった、犬の家「Wan Peace」さんには、週1回通われているということですが、こちらではどんなことをしているのですか。
中西「Wan Peace」さんは、通園型の犬のしつけ教室です。飼い主さんから犬をお預かりして、トレーニングしています。犬の幼稚園というとわかりやすいでしょうか。1階はのびのび走れる運動場、2階は一般のご家庭と同じようなリビング仕様になっています。私は顧問として、週1回出勤して、特に問題行動のある犬のトレーニングやスタッフのフォローをしています。我が家の犬たちも一緒に出勤しているんですよ。
d-labo仕事で難しいと思われることはどういうことでしょうか。
中西犬に対しては技術的なセオリーや自分の経験値があるため、あまり難しいと感じたことはありません。それより難しいと思うのは、飼い主さんとのコミュニケーション。人と話をすることは好きなのですが、なかなか自分の意図していることが上手く伝わらないことがあります。そんな時は以前、勉強した心理学(心理カウンセラー)やコーチングの手法を用いながらコミュニケーションするように心がけています。飼い主さんのカウンセリングをしている時間が長いため、こうしたスキルはもっと磨いてもいいかなと思っています。
中西さんが週1回出勤している犬の家「Wan Peace」
(川崎市麻生区)
一緒に出勤した中西さんの犬たち
(左からアクセル、エリオス、アトラス)
キャリアチェンジをする時は、ワクワク感のほうが強かった
d-labo現在は犬のしつけ本を出版されたり、ベテランとして活躍されていますが、最初はどうやって仕事を始めたのですか。
中西シドニーから帰国後、2002年にDoggy Laboを立ち上げました。最初はIT系の友人に手伝ってもらい、ホームページを立ち上げたのですが、当時は私のようなスタイルのドッグトレーナーがあまりいなくて、検索をすると、ヒットするのは私の仲間を含めたった3件だけ(笑)。競争相手が少なかったこともあって、ホームページをご覧になったお客さまから仕事の依頼をいただくようになり、現在に至ります。
d-laboなるほど。中西さんのお話を聞いていて、その行動力には感心してしまいます。キャリアチェンジや海外留学などには勇気が必要だと思います。中西さんの場合、どう決心されたのですか?
中西勇気ですか?私にとって決心することは、勇気のいることではありません。それよりも新しいことを始めるワクワク感のほうが強いです!私はどちらかという職人気質を持っていて、やると決めたら絶対やるというタイプ。若い頃に「リスクを考えないの?」と問われれば、「何でリスクを考えるの?」って返答していました(笑)。失敗したら失敗した時に考えようと…、そもそも失敗するとは思っていないですから(笑)。
d-laboあまり悩まないで前に進むことも大事ですね。でも、なかなかその一歩を踏み出せない人も多いかと思います。そうした人にアドバイスはありますか。
中西いま思えば、私の最初のターニングポイントは大学受験の時。両親の希望通り、英文科に進む予定だったのですが、もともと美術が好きだったので、高校2年の時に美大を受験することにしたのです。その時が今までで一番悩んだかもしれません。この時から自分の意思で人生を決めるようになったのかもしれません(笑)。
参考になるかどうかわからないのですが、一歩を踏み出すのが恐かったら、いろいろ調べたり、人に聞くなどして情報収集をしながら、悩む時は悩めば良いと思います。でも、一方では悩むくらいなら「やめてしまえば…」とも思ってしまう。本当にやりたいと思っていたら、一歩を踏み出すのではないでしょうか。
d-labo誰もが中西さんのように行動できるといいのですが…。壁にぶつかった時などはありましたか。
中西最初の挫折と言えば、20代初めの頃でしょうか。舞台芸術を学ぶために入学した美大を中退し、舞台芸術の師匠のもとで修業を始めました。そのうち舞台芸術より舞台照明に魅力を感じ、舞台照明の修業をしたのですが、体力的につらくてリタイア。その後、ニューヨークで照明デザイナーの勉強をしたくて、渡米。学校で1年くらい勉強したのですが、志半ばで帰国した時はつらかった。両親に学費を出してもらえず、自分の蓄えもなかったため、留学が続けられなかったのです。帰国後は、得意なことは英語しかないので、地元の英会話スクールで講師をしていたこともあります。その後、輸入商社に就職したものの倒産。就職活動をしても届くのは不採用通知ばかり…。英会話スクールの時の先輩の紹介でようやく外資系の化粧品会社に就職することができました。ちょうど新しいブランドを立ち上げた頃で、そこで広報を担当。仕事で出会った人々が素晴らしい人ばかりで、ポジティブになれたような気がします。やがてバブルがはじけて他の部署と兼務となり、仕事への意欲が感じられなくなってきたので、辞めてしまいました。
d-labo中西さんのお話を聞いていると、上手く流れにのっているようにも感じます。その時にやりたいことをやるというような強い意思がそういう流れを作っているのかもしれません。その後は、ショット・バーに勤務されたのですね。これはどうしてですか。
中西もともと外資系企業に勤めていた頃に趣味でバーテンダー・スクールに通っていたんです。それはお酒が大好きで、カクテル作りに興味があったからです。また、当時は女性が1人でも安心して飲めるお店が少なく、自分がそういうお店をやってみたいという思いもありました。そんな時に店のオーナーから声がかかり、雇われ店長をすることになったのです。
d-laboそこで勤務されていた時に愛犬ロックに出会い、ドッグトレーナーの道を歩むことになったわけですね!
中西まさにその通りです。これが人生を変える運命の出逢いに!(笑)。
うれしかったことは、全盲のエリオスとの出会い
d-labo仕事や犬との暮らしで、最近喜びを感じたことはありましたか。
中西うれしかったことと言えば、昨年の秋に全盲のミニチュア・シュナウザーのエリオスを引き取ったこと。エリオスは全盲でオスのため、「売れないし、繁殖に使えない」と心ないブリーダーに捨てられたのです。動物愛護団体がレスキューしたことをfacebookで知り、里親になろうと思いました。その情報をシェアしてくれたのがレスキュー活動を行っている女優の方です。動物愛護団体でエリオスとお見合いをし、二週間一緒に過ごした後、正式譲渡になりました。
d-laboエリオス君、中西さんと暮らすことができてよかったですね!エリオス君の目が見えないということを、最初にお聞きしなかったら、おそらく気がつかなかったと思います。
中西ええ、ほかの方からもよく言われます。最初は全盲ということで少し不安でしたが、目が見えなくても健常犬と同じように生活ができます。エリオスは目が見えないからと言ってクヨクヨしたりもしません。私がエリオスに教えられることもたくさんあります。「目が見えないから、できないだろう」と心配していたことを次々にクリアしていくのです。おやつのキャッチは無理ですが、難しいと思っていたトイレも4日で覚えましたし、階段も降りることができます。そこで、思ったのは「制限」というのはなんだろうということ。できないと思っていれば、始めからできません。それは人生にも言えるでしょう。エリオスがどこまでできるのか、これからも新しいことにチャレンジをしていきたいと思っています。
エリオス。
ギリシャ神話に登場する太陽神(Helios)から名付けられた。
エリオスは誓約の守護者でもあり、視覚能力の神でもあるという。
できるだけ健常犬と同じように育てたいという中西さんの思いが込められている。
仕事は死ぬまでの最高の時間つぶし
d-labo中西さんの今後の夢を教えてください。
中西夢ですか…。安らかに終生を迎えたいという夢はありますが、現在の仕事をライフワークとして続けていきたいと思います。キャリアを積むと現場を離れてしまう人も多い中、私は職人のようにずっと提灯を作り続けたい。つまり、ずっと飼い主さんのお宅に伺って、愛犬の問題行動を解決していきたいのです。
その他に、エリオスを人の役に立たせたいという夢もあります。老人ホームや障害者施設などでは、動物によって癒されることで病状を緩和させていくという動物介在療法が行われているので、エリオスをセラピー犬にしたいと考えています。また、子どもたちの教育にも役立てたいですね。「目が見えないから」「見た目が少し変わっているから」という理由だけで、いじめてはいけないということを子どもたちに伝えていけるのではないかと考えています。せっかく救った命なので、なおさら人の役に立てていきたいのです。全盲ということで、先日説明会に参加した団体には、受け入れを拒否されてしまいましたが、私はあきらめません。ありがたいことに応援してくださる方々もいて心強く感じています。それと日本では1日に1,000頭近くの動物が殺処分になっている現状があり、動物の殺処分ゼロを目指す活動を行っていきたい。小さな力ながらも一生をかけて現状を変えていければ…と考えています。
d-labo今日はいろいろと楽しいお話をありがとうございました。最後の質問になりますが、中西さんにとって、仕事とはなんでしょうか。
中西私にとって、仕事は死ぬまでの最高の時間つぶしです。それは言い換えると、生きがいとも言えるのかもしれません。
中西家の犬たち。
左からバーディー、コタロー、アクセル、エリオス、アトラス、フーラ(中西さん撮影)。
愛犬ロックは2007年に亡くなった。享年9歳9か月。
Information1
Doggy Labo
犬の問題行動を飼い主さんと一緒に考え、解決していくというスタイルでしつけ・出張トレーニングを行う。中西さん主宰。
公式サイト
http://www.doggylabo.com/
Information2
犬のモンダイ行動の処方箋(緑書房)
2011年12月出版の中西さんの著作。愛犬の問題行動を解決するためのヒントを、さまざまな実例とともに紹介している。2013年春に続編を出版予定。
Information3
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