スルガ銀行 Dバンク支店

SURUGA d-labo. Bring your dream to reality. Draw my dream.

特集

特集TOP

2013 Jul.11
お気に入りの1冊 —My Favorite Book— Vol.3

詩人・管啓次郎が師とした「旅について書くことを教えてくれた1冊」
『異郷の景色』西江 雅之著

読書は人生の糧であり、本はときに「夢」へと進む自分を導いてくれる「師」となってくれます。本シリーズは各方面で活躍されているみなさんにそうした自分にとって唯一無二の本、「お気に入りの1冊」をご紹介いただくコーナーです。第3回目のゲストは詩人で翻訳家の管啓次郎氏。「普段は本を〈冊〉という単位では考えていない」という管氏にあえて選んでもらった1冊。そして本の書き手として影響を受けた本についてお話を伺いました。

語り手
管啓次郎(明治大学理工学部教授・詩人・翻訳家)
聞き手
鈴木大介(スルガ銀行d-laboスタッフ)
詩人・管啓次郎が師とした「旅について書くことを教えてくれた1冊」『異郷の景色』西江 雅之著

この本と出会ってなければ今この道にはいなかった…

管さんインタビューの様子

鈴木管さんはたくさんの著書や翻訳書を出されていますね。読書量も一般の人に比べたら桁外れのはずです。その管さんにあえて「お気に入りの1冊」を、とお願いするのは心苦しかったのですが(笑)。

前置きとして言っておくと、僕はまず本を「冊」という単位では考えていません。ちょっと抽象的な話になるけど、言葉というものは誰にとっても借り物であり、どんな著作家でも自分の中に入ってきた他人の言葉をもう一度組み直して使っている。その本の内容のかなりの部分は結局よそから来ているものなのです。Aさんの書いた本のある記述とBさんの書いた記述が重なっていたりすることは少なくない。僕の中では、本というものはそのいくつもが1つの連続した地形や風景みたいなものをなしているんです。もちろん、物体としての本は「冊」という単位で数えられているので、仕方ありませんね。

鈴木お持ちいただいたのは西江雅之さん(文化人類学者)の『異郷の景色』ですね。

これは西江先生(この人だけは「先生」をつけずに呼ぶことができません)が大学の教員になる前、海外を放浪されていたときのことを中心に書かれた本です。僕はおそらく大学2年生のときにこの本を読み、強い影響を受けました。どこがいいかというと、まず文章。端正でシンプル、そして自分の実感をしっかり書いている。いろいろな土地に行って、いろいろな人に出会っては別れ、淡々と旅をする。少し離れたところから世界全体を見ていて、自分自身のことも風景の1つとして見ているような人です。大部分の旅行記は情緒的で作者自身が前に出過ぎているような気がしますが、この本は違う。あとになって自分でも旅をめぐる文章を書くようになったとき、お手本となったのがこの本でした。僕には、この人の本と出会っていなければ今いるこの道に進むことはなかっただろう、といった著作家が何人かいますが、西江先生は確実にその1人ですね。西江先生によって僕は文化人類学という学問と地球全体に対する視野を一挙に開いてもらったという感じがあります。

<『異郷の景色』より抜粋>

マリアとの知り合い方も、やはり、また、同郷の人!(バイサーノ)という呼びかけだった。その時は、ユカタン半島の端、プログレッソという町の、小さなパン屋の中だった。彼女の方からわたしに声をかけて来て、母親にも是非会って欲しいと言う。もう数年以上も、同郷の人には会っていないはずだというのである。

そんなことがあって以来、わたしは美しいヤシの木の林にかこまれた海岸にある彼女の家族を何回か訪れる機会を持ち、何時間か共に過し、家族と共に附近の海や遺跡を訪ねたりしたのだった。

旅や自分の経験とはこういうふうに書けるものなのだ…

管さんインタビューの様子

鈴木今日はこれとは別に片岡義男さんの『彼とぼくと彼女たち』や、ご自身で訳されたジル・ラプージュの『赤道地帯』も持って来てくだいましたね。

片岡さんのこの本は彼の代表作ではないけれど、つくりがおもしろいのです。小説やエッセイなど、非常に短い40の文章から構成されている。章タイトルはなくて「3」とか「27」とかナンバーが振ってあるだけ。実は僕の著書の『ホノルル、ブラジル』という本はこれを手本にして構成しました。片岡さんには本のつくり方だけではなく、70年代の一時期に編集長をされていた『宝島』や評論集の『10セントの意識革命』などを通じて、アメリカのカウンターカルチャーや英語の世界について教えてもらった。ハワイのロコサーファーたちを描いた『波乗りの島』を読んで自分でもハワイに行ったり。片岡さんはおとうさんがハワイの日系2世で、英語が母語なのです。日本語を書くときも英語を基にして書いている。稀有な作家です。直訳調の独特の文章で、そこにとても興味を持ちました。最初に読んだのはビリー・ザ・キッドを主人公にした『友よ、また逢おう』。確か高校2年生のときでしたね。それからしばらく片岡さんの本が出るたび買って読んでいました。

鈴木『赤道地帯』はフランス人ジャーナリストの著者がブラジルを旅して書いた本ですね。管さんは25歳の頃にご自身でもブラジルを旅されています。

1年間のブラジル滞在中、ずっと持って読んでいたのがこの本のフランス語原著でした。まさに旅の友。著者のジル・ラプージュさんは若いときに特派員としてブラジルに3年間住んだ。この本はそれから30年後、彼がブラジルを再訪したときのことを書いたものです。ラプージュさんはのちには小説家になるぐらい非常に筆の立つ教養のあるジャーナリストでした。にもかかわらず文章が瑞々しくて読みやすい。そして「厚み」を感じさせる。本の中で、ラプージュさんは自分の人生を透視しながらブラジルについて書いている。「旅行について書くというのはこういうことなのだ。自分の経験とはこういうふうに書けるものなのだ」ということを学んだのがこの本でした。後に自分で翻訳ができたのは幸せですし、僕の初めての著書である『コロンブスの犬』には文体をはじめ、この本から学んだものがぎっしり詰まっています。

鈴木『コロンブスの犬』は「コロンブスの卵」をもじったようなタイトルもいいですね。

コロンブスら初期のヨーロッパ人は犬を連れて海を渡りアメリカス(南北アメリカ)にたどり着きました。そして犬はおそらくアメリカの土着の犬と交配しただろう。それでは犬同様、彼らがアメリカに持ち込んだ文化や知識などはどうやって広まっていったのだろう、といった興味が1つ。それと自分が南米を旅するとき、意識の中にコロンブスのような冒険者たちの猿真似をしているといった気持ちがあったのです。でも、それはあくまでも真似にすぎず、僕自身はオリジナルの冒険者ではない。しょせん自分はコロンブスの伴侶=犬にしか過ぎない。つまりは偽の探検者である。このタイトルにはそういった意味が込められているのです。

鈴木訳書といえば『赤道地帯』の他に『リンクスランドへ ゴルフの魂を探して』も今日はお持ちになっていますね。

これはすばらしい本です。ゴルフを愛するアメリカ人のジャーナリストが自分にとってのゴルフの核心をつかみたいとスコットランドに渡って、そのままプロゴルファーのキャディーになるという話なのです。ヨーロッパツアーにキャディーとして帯同し、そのあとはスコットランドの田舎で黙々とゴルフをするという、すごく特異な旅行記です。なぜこの本を翻訳したかというと、僕は子供の頃ずっと真剣にゴルフをやっていました。その後しばらく離れていたのですが、この本を読んだら、自分がどうしてゴルフが好きなのかがはっきりとわかった。ゴルフとは、あらゆる競技の中でもっとも地理学的なスポーツなのです。コースによって地形や気象条件などあらゆるものが違う。でも子供の頃はその魅力がうまく説明できないでいた。また日本のゴルフ場環境にイヤなものを感じていた。それがこの本を読んだことで、すべてすっきりとしたのです。「ああ、やっぱり自分はゴルフが好きなんだ」と。この本は忘れていた何かにもう一度改めて触れ直させてくれるという、読書の基本的な役割を果たしている1冊だと思います。余談ですが、これ、ゴルフ好きの人たちの間ではバイブル扱いされているんです。この本をもって、1人スコットランドのリンクスを訪ねる人が、後を絶ちません。翻訳者としては嬉しいですね。

鈴木やはり「1冊」では話が収まりませんでしたね(笑)。本日はどうもありがとうございました。

<今回紹介した本>

『異郷の景色』(西江 雅之著/晶文社)

『彼とぼくと彼女たち』(片岡 義男著/晶文社)

『赤道地帯』(ジル・ラプージュ著・管 啓次郎訳/弘文堂)

『リンクスランドへ ゴルフの魂を探して』(マイクル・バンバーガー著・管 啓次郎訳/朝日出版社)

今回紹介した本

Information 1

管 啓次郎(すが けいじろう)氏

1958年生まれ。詩人、翻訳家。明治大学理工学研究科ディジタルコンテンツ系教授。主な著書に『斜線の旅』(読売文学賞)、『オムニフォン 〈世界の響き〉の詩学』、『ホノルル、ブラジル』、詩集に『Agend'Ars』、訳書にル・クレジオ『歌の祭り』、サン=テグジュベリ『星の王子さま』などがある。

Information2

d-laboコミュニケーションスペース

今回管啓次郎さんのインタビューに使用したのはd-laboコミュニケーションスペース。平日、土日を問わずどなたでもご利用いただけるフリースペースです。「夢・お金・環境」をテーマにしたLIBRARYの蔵書は1,500冊。GALLERYには書評サイト「HONZ」で紹介されたおすすめ本約650冊を所蔵。本好きにはたまらない空間です。文化、芸術、スポーツ、最新トレンド等のセミナーやイベントも頻繁に開催。場所はミッドタウンタワー7F。

夢研究所「d-labo コミュニケーションスペース」

詳しくはこちらから
https://www.surugabank.co.jp/d-bank/space/

文 中野渡淳一